服はネットショッピング推し 自分の部屋は最高の試着室である

Shopping

 

僕は、今持っている服のほとんどをネットで買っている。

理由はいろいろあるのだが、まず実店舗で服を選ぶのが苦手。店員さんに接客されるのも苦手だし、何着も試着した後、何も買わずに帰ったりするのも気まずくて(でも大体そうなる)、あんまり店舗に寄り付かない。

「もう絶対買う」という意志があれば、むしろ実店舗へ行き、店員さんに相談しながら決めるけど、なんとなく「買おうかな〜」くらいの気持ちで店舗に入っても、いつも、だいたいサーッと見るだけでお終いになってしまう。

 

そういう事もあって、ずっとネットで買っていたんだけど、最近「やっぱり服は実物を見て買うべきなのではないか」と思い、数回店舗に出かけて服を見てみたりした。気まずいけど試着もしてみた。

でも結果、どの服も買えなかった。

なんというか、「よしコレでいい!買うぞ!」という納得感を、店舗では得にくかった。

そこから、僕の中では「実店舗が苦手だからネットで買ってる」という意識だったのが、「いや、意外とネットで買う方が優れている点があるのでは」という風に変わってきて、ネットで服を買う良さを考えていた。

 

それで結論から言うと、っていうかタイトルが結論なんだけど、「試着」という行為は、自分の部屋でやるのが一番いいし、それができるのがネットショッピングの良さなんじゃないかと思い至った。

いや、別に実店舗で買った服も改めて部屋で試着できるけど、それなら実店舗に行って買った意味があんまりないので、そういう意味で、ネットの方が有利かなっていう話である。

 

 

 

なぜ自分の部屋が最高の試着室なのか。

 

まず、自分がすでに持っている服や靴が置いてあるから。

例えば上着を買った場合、インナーやズボン(パンツね、パンツ。またはボトムス)を変えながら試着できる。ズボン(略)を買った場合、上を変えたり、靴を履き替えながら試着できる。

これは個人的には結構重要なメリットで、僕は服は少数精鋭で行きたい派なので、全ての服が全ての服と違和感なく組み合わせられるのが理想だ。完璧にそうはできないわけだけど、その服がどれくらい汎用性があるかっていうのは、買う服以外の手持ちの服を考慮しないと分からない。それは基本実店舗ではできない。

いや、きっとオシャレさんは、だいたい自分の服のパターンを分かっていて、実際に着なくても、「これならアレとこれくらいな感じで合わせられるな」とやるんだろうけど、僕は無理なので、実際着て見られるのは良い。

そういうことで、自分がすでに持っている服と合わせ放題で試着できるのがひとつ目の利点。

 

ふたつ目は、人目を気にせずじっくり観察できる事(カメラも使える)。

これは感性の問題かもしれないが、まず、店の試着室って基本狭い。凄く遠くから自分の姿を見るのは難しいし、それをやろうと思うと、試着室からは出ないといけないだろう。まず僕はそれが嫌。照れが出ちゃう。

それと、鏡で自分の姿を確認する場合、どうしてもポーズに制限が出る。目線はずっと鏡を見ていなきゃいけないから、普通の後ろ姿とかは見えない。

僕は、部屋で試着する時、いつもデジカメを立てて、ムービーを録画しながらその前をクルクル回って、それを確認している。

これは、僕が単に姿見を持っていないから、代用品的に始めた確認方法なんだけど、ムービーの方が鏡より優れていると、今回実店舗で試着してみて気づいた。

どんなポーズでも取れるし、目線も変えられる。椅子に座ったり床に座ったりもできる。ある程度は離れられるし(部屋の構造にもよるけど)、デジカメの小さい画面で見れば、なんとなく遠くからの見えを擬似的に確認できる。

しかもムービーだと保存できる。僕がよくやるのは、とりあえずムービーを撮りながら試着・確認して、ちょっと時間を置いてから見直したりする。そうするとより客観的に買うべきかどうか判断できる。

 

みっつ目は、日常の照明の中で服を見られる事。

お店の照明はやっぱり特殊だなって思う。オシャレなお店ほどそう。自分の部屋であれば、一般的な照明でも、朝でも夕方でもその服を見られるし、実際の生活の中で、どういう感じでその服が見えるのか確認できる。

 

という感じで、基本的に、試着は自分の部屋でやった方がいいし、だったら店に行くよりネットで買った方が良いんじゃない?っていうのが、僕の考え至った事。

 

 

 

でも、これは普通に店で服を買う人からしたらいろいろ違和感があるだろう。

 

まず、「で、さんざん試着してダメだったら送料かけて返品するの?送料かかるならダメじゃん」っていう事があるだろう。

店によっては返品1回まで無料のところもあったりするけど、基本的に返品する場合、往復の送料を取られる。だからネットでの服選びは失敗(返品)できない、みたいな物言いは分かるし、そういう感覚が僕もあった。

でも、実店舗でも買えない時は買えないし、いい服が見つからない時は見つからない。せっかく実店舗で試着して買ったのに、実際使い始めてみると「なんか違う」って事もあるだろう。

つまりネットだから失敗して、店舗なら失敗しないっていう考え方は違っていて、慣れの問題だと思う。どちらでも失敗する時は失敗するし、空振りする時は空振りする。

失敗した場合、ネットだと往復送料と、梱包し直して郵送する手間と時間がかかる。店舗の場合、実際の移動とそれにかかるお金と時間、体力(コミュニケーションも含む)がかかる。これ、どちらがマシかは人によるだろうし、送料や電車賃やガソリン代や店までの距離にもよる。

なので、「ネットの方が失敗したときのダメージが大きい」というのは、実店舗でなら失敗しないという前提に立った考え方だと思う。

実際そういう人もいるのだろうし、分からなくはないが、僕みたいに店舗に行ってもいまいち欲しい服を見つけられない人間からすると、わざわざ出かけていって手ぶらで帰ってくるダメージは結構大きいのだ。それに比べると、たまに送料だけで1000円くらい取られる負けがあっても、長いスパンで考えればネットで買い続けた方がお得だと思う。

それに、僕は部屋で試着した方がいいと思っているので、店舗での「実物を見て試着できる」というところに、そこまでメリットを感じていない。店舗で買っても部屋で試着したい。であれば、直接部屋に服が届く方がリスクはより少ない事になる。

 

 

 

試着のメリットに加えて、商品の見つけやすさもネットの方が上だと思う。

いや、これに関しては、本当に僕が不慣れなだけなのかもしれないので、はっきりとは言い切れないが、僕にとってはそうだ、という話。

 

今回、僕が店舗で服を見ていて凄く面倒だったのは、それを着た時に、だいたいどういうシルエットになるのかが着てみないと分からないことだった。

例えば、シャツなんて、ひとつのお店で何種類も売られていたりする。それがたたんで並べられているわけだけど、このシャツとあのシャツが着たらどう違うのかが全然分からない。広げたらある程度分かるけど、それでもハッキリとは分からない。で、結局試着して、「違うな」って事になり、それをたたんで棚に戻し、次のシャツ。これがめんどい。

僕は、今このショッピングモールの中に置いてあるシャツの中で、一番自分が欲しいと思えるシャツ(予算内で)を買いたい、と思ってしまうので、全ての店舗を回って全てのシャツを試着しなければいけないのか、という気持ちになり、今、目の前にあるシャツが買うべきシャツなのかどうかの判断ができない。それで結局何も買わない。

 

ネットで商品を探す時に、検索一覧画面には、だいたいモデルさんが着た写真か、人形に着せた写真かが出てくることが多い。

僕はそのサムネイル画像を見ながら、「これは太すぎ」「これは細すぎ」「これはチャラすぎ」と大体の商品を飛ばしていき、「これは良さげ」というのを拾っていきながら、詳細を見ていく。

そうすると、だいたい自分に合いそうなメーカーが分かってきたり、それと一緒に、言葉の情報として、例えば「オックスフォード」とか「ボタンダウン」とか「ギンガムチェック」とか、いいと思ったポイントを絞り込むための情報も知ることができる。

そしたら、それらの言葉とか、良さげなメーカーとかで検索し直す。ネットには物理的空間がないから、最初に気になった商品を見つけた店舗で買う必要はない。それこそショッピングモール全体を検索して、当てはまる商品だけ集めてショーケースに並べてくれるんだから。

言葉の情報も同時に知れるってかなり大きいと思う。「こういう形の服はそう呼ばれてるんだ」っていうのが買い物をしながら分かる。メーカーも、そこがどういう価格帯でどういうコンセプトで服を作っているメーカーなのか、商品ページで紹介されている事も多い。またメーカー名ですぐ検索していろいろ調べることはできる(これはまあ、スマホがあれば実店舗でもできるけど)。僕は生地の名前で検索してみたりすることが結構多い。

確かにネットだと実際に着ることはできないけど、視覚情報も言語情報も、実店舗よりアクセスし易い形で表示されている事が多い。このあたりにネットでの服の探しやすさがある。

 

それに、これは心がけ次第だと思うけど、ネットショッピングでの失敗を防ごうとすると、かなり慎重にサイズを確認するので、なんとなく自分に合うのはこのくらいのサイズだなっていうのが数値的に分かってくる。

で、それが分かってくると、むしろ、店舗で売っている服に「M」とか「L」とか、こんな大雑把なサイズしか書かれていない場合に憤りを感じるようになってくる。せめて肩幅、身幅、着丈くらい書いといてくれたら、試着しなくてもなんとなく分かるのに、と思う。

 

 

ということで、僕はこれからも服は基本ネットで買っていこうと思っている。もちろん、結局は慣れの問題なのかもしれないので、「ネットの方が良い」と言う気はないけど、少なくともネットの方が劣っているということもないだろうと思う。

でもまあ、ジャケットとかなら僕も店舗で買う。慣れてない形の服なら、せめて最初の一着は店舗で買うべきな気もする。まあ、使い分けなのかな。

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尊敬する人が尊敬する人を叩いていると何とも言えない気持ちになる

Anger 171003

 

 

数日前にこのツイートを見て、何とも言えずモヤモヤした。

 

東さんが今回、投票棄権キャンペーンをやっていて、町山さんがそれを批判しているのは前から見ていた。僕自身、東さんはもちろん考えあってやっている事と分かりつつ、今回のこのキャンペーンにはあまり賛同していないので、まあ、町山さんはそう言うかぁ、という感じで見ていた。

がしかし、上のツイートを見て、それは言う必要がないし、今それを参照する必要もないし、もはや人格攻撃って感じになってきていて、違うくないか、と強く感じた。

 

まず、大前提として、上の動画と今回の東さんのキャンペーンには何の関係もない。

上の動画、調べてみたら2010年のものらしい。7年も前。わざわざ7年も前のたったひとつの行為を持ってきて、何の関係もない今回の件と結びつけて言外に人間性を非難する事に何の意味があるのか、僕には分からない。

ただ、「席を立った」という行為を「棄権」と解釈して、無理に今回の件に結びつけているだけ。

「投票棄権」という発想がダメだというなら、ただそう言い続ければいいだけなのに、どうして人間性を攻撃するような事を言うんだろう。中身の議論から外れて「コイツはこういうヤツ」っていう批判の仕方って基本、非本質的な議論だと思う。言ってる中身でちゃんと議論すればいいだけなんじゃないか。

というのが、まずそもそも論としてある。

 

 

そして僕は上の動画での東さんの振る舞いを見て、むしろ東さんの事を好きになった。

「この人、ちゃんと怒る人なんだな」と感じて僕は好感を持ったし、その後ちゃんと戻ってきて、また議論に参加してて凄いと思った。普通、あんな怒って出ていったら戻ってきにくいと思うんだけど、ちゃんと戻ってきて、で、また怒らされて、「こんな怒ったらちゃんと話せないよ、人間なんだし」と言いつつ、ちゃんと最後までいて凄かった。

 

で、僕の中では、町山さんって人間の弱さに理解がある人なんだと思っている。普段映画の話をしている時も、弱者とか、マイノリティに対しての優しい視線を感じるし、人間的な不完全さにも理解のある人なんだと感じる。

これは僕の勘違いなのかもしれないけど、でも僕はそう思っていたし、今もそう思っている。

そういう僕の目から見ると、今回のツイートはやっぱりおかしいと思う。

だって、そりゃあカッとなる事は誰だってある。東さん自身が言っている通り、そういう風に感情的になっちゃうと、もう冷静に話なんかできないよっていうのは、人間として普通に理解できる感覚なんじゃないかという気がする。少なくとも僕は東さんの気持ちが分かる。

で、町山さんなら、そんな事分かるんじゃないかって僕は感じる。感情的になって正しくない振る舞いをしてしまうことも人間ならあるよねって、普段の町山さんなら理解を示しそう。その上、東さんはちゃんと戻ってきて、正しくなかった行動をちゃんと正しているし。

だから、この東さんの振る舞いを、ただ「棄権」という切り取り方をして非難するのは、あまりにも厳しすぎるんじゃないかと思う。東さんの人間的感情を理解しようとする気持ちが一切ない。

それに繰り返すけど、もし仮にこれが東さんの責められて仕方ない落ち度だったとしても、今回の棄権キャンペーンとは何も関係がない。これが過ちだったとしても、7年経ってもまだ責められ続けるべきだ、と思えるような過ちだろうか。

今回のこのツイートは、はっきり間違いだったと僕は思う。

 

 

それで、今回の件で、「やっぱり町山さんてしょうもない人だったんだ」と僕が考えるかというと、それはない。この件は僕の町山さんに対するイメージを覆すほどの事じゃない。

町山さん、今回は冷静さを欠いていたんじゃないかと思う。もちろん、ご本人がどう考えているかは分からないけど、僕から見るとそう見える。

東さんのキャンペーンを批判したいがあまり、あらゆる言葉を尽くそうとして、結局人格攻撃になってしまっているんじゃないか、と。

だから問題は、「何を批判したいのか」という軸を見失ってしまった事なんじゃないか。

町山さんは東さんという人間を批判したかったのか。今回町山さんが批判したかったのはキャンペーンのはずで、東さんという人間じゃないはずだと僕は思う。

でも結局、キャンペーン批判の延長で、言うべきでなかった「結局コイツはこういうヤツ」という表現をしてしまった。しかも7年も前の行為を使って。

「投票棄権」という考え方や思想と闘っていたはずなのに、いつのまにか「東浩紀」という人間と闘い始めている。

 

 

僕は今回の件でとてもモヤモヤしたわけだけど、でもコレに近いことはいろいろある。有名人じゃなくて身の回りでも起こる。

「悪い」という程強い言葉を使っていいのか分からないけど、今回の町山さんのツイートは悪いと思う。その上で、町山さんは悪い人じゃないと思う。

ここには「悪い人が悪いことをする」という単純な構図はない。翻れば「良い人が良いことをする」ということでも多分ない。

人間ってそんな簡単じゃないし、人間同士が関係する社会は当然単純じゃない。

だから、自分と意見の合わない人とか、ちょっと違うなと思う事を言っている人がいた時に、すぐ友敵関係をを作って、「アイツは悪い奴らだから」とか「アイツらはバカだから」みたいな(政治だと「右翼だから」「左翼だから」とか)、そういう事言っててもホントしょうがないな、と思う。

なんでこの人こういうこと言うんだろうっていう、根本の気持ちを分かろうとしないでヤイヤイ言っても無意味だ。

僕も嫌いな人はそこそこいるんだけど、「嫌い」と「悪い」を結び付けないようにしないとなぁ、と思う。

 

 

 

------追記。

 

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Canon PowerShot G1X Mark III が発表された

E-M5
(これはE-M5)

 

大体事前の噂通りのスペックと形で出来上がった感じ。

 

キヤノン:PowerShot G1 X Mark III

 

www.gizmodo.jp

tampakunanichijou.hatenablog.com

 僕が願っていたEVF外付けは叶わず、やっぱりあのオデコが本体にくっついてしまったなぁ。とはいえ、元々のMark IIにそのままファインダー部分がついたというより、全体的に小型化されているから、想像よりゴツい感じにはなっていない。そこは凄いと思う。

実物を見てみないと何とも言えないけど、う〜ん、やっぱ微妙かなぁ、って気がする。

 

全部入っている感じはする。EVFも付いてるし、防塵防滴、バリアングルモニター、タッチパネル、手ぶれ補正、ダイヤル等の操作性も良さそうだし、APS-Cでズームできる。日常使いのカメラとしては、ホールパッケージという感じ。

これらのスペックにはかなり惹かれる。このカメラが良いカメラであることは分かるし、現状、唯一無二の領域のカメラだと思う。

コンデジはずっとソニーが引っ張ってきていて、キヤノンはそれの後追いをしている感は否めなかったが、こういうコンデジソニーにはない。(パナソニックはLX100で近いことをやっているけど)

 


Canon G7X Mark II Hands-On Field Test

 

YouTubeの『TCSTV』のRX100とG7Xを比較した動画では、キヤノンはボロクソに言われていたし、G7X Mark IIのレビューでは、「かなり良くなったけど、まだソニーの後追いをしてる感は否めないなぁ」っていうまとめになっていた。

そういうことも考えると、G1Xというソニーにはない規格を、今買うに値する形にアップデートした事に僕は賛同するし、「そう、こういうカメラ欲しかったんだよ!」という気持ちではいる。

(僕が今使っているG9Xのように、「とにかく小さい1型コンデジ」を率先して作っていることを見ても、後追いでない製品も含めキヤノンはいろいろ頑張っていると僕は思っている。)

 

がしかし、出来上がったものを見てみると、「これはコンデジというより、一回り小さい一眼って風貌だなぁ」という感は否めない。

僕が最初に外観を見た時に感じたのは「オリンパスのE-M5っぽいな」という事だった。

サイズを確認してみると、E-M5 Mark IIよりも高さ・幅が1センチ弱小さいから、一回り小さい印象にはなるんだと思うし、レンズの厚みは薄いし、であれば、やっぱりコンパクトなのかもしれない。

このカメラはこのカメラでいいんだけど、「これだったらミラーレス買うかな」って思わないでもない。(全く消費者ってやつは)

つまり、ミラーレスと悩んでしまう中途半端さはある気がする。

サイズをギリギリまで小さくしようとしたんだとは思うし、それは成功していると思う。けど同時に、それによってレンススペックは結構抑えられている。ズーム域も少し短くなった上に、F値も正直魅力的とは言い難い。

いや、このサイズでこのスペックなら全然良いと思う。だけど、もう一回り大きいサイズを我慢すれば、満足行くスペックのレンズを使えるよなぁ、とか考えてしまう。そして、この小さなレンズで、数値じゃないところでの写りが実際どうなのかという問題もあるし。

 

コンデジってレンズを交換できない分、「このレンズで大丈夫かどうか」っていうのは買う時の大きな基準だと思う。

そこをどっち付かずのスペックにしてしまった感があって、「う〜ん」っていう。

例えば、今のズーム域で、サイズがもうちょいデカくなるけどF4通しにできなかったのかとか、どうにか100mmまで頑張ってほしかったとか。(オデコが付いてしまった時点で、レンズだけをこれ以上小さくしてくれとは思わない)

でも、APS-Cでこのサイズでこのスペックのレンズってなかなかない。少なくとも僕が使っているソニーにはないので、結構凄いのかもしれない。と考えれば、写り次第かっていう事なのかもしれない。

 

このカメラ、僕としてはめっちゃ良いと思いつつ、「絶対買う」とまでは言えない。

コンデジに求める「気軽さ、手軽さ」がこのカメラにあるのかはちょっと微妙だ。実機を見たら印象が変わるかもしれないけど、画像を見る限りはやっぱり、一眼だよなぁ、っていう感じがしてしまう。

で、手軽でも気軽でもないなら、大きくなっても今持ってるミラーレス一眼を使う。

そして、値段的には普通に一眼と同じ値段がするし・・・。

 

まあ買うとしても1年後とかだろうし、G7X Mark IIを買ってお茶を濁す事になるか。

 

と思っていたら、LX200のウワサが出てきた。

cameota.com

前にもウワサはあった思えがあるから、本当かどうかはまだ微妙。

でも、これ、LX100と同じ形で、パナのミラーレスと大体同じスペックだったら、もうそれだけでこっちの方が欲しい。

調べてみると、G1X Mark IIIとLX100のサイズを比べたら、ほとんど変わらない。それなら、センサーサイズとか踏まえてG1X Mark IIIの方が良い選択な気がするのだけど、やっぱり、「コンデジ感」はLX100の方がある。

だから、これもうサイズじゃなくて形の問題なんだな。

一眼を持っているのに、敢えてコンデジを持ちたい人間としては、一眼っぽくないコンデジが欲しいんだよなぁ。

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